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AVIOT Openpiece M (TE-M1)の交換とケースカバーの自作

  先日購入したAVIOT Openpiece M(TE-M1)は初期不良だったため、ファームウェアのバージョンアップも様々な設定変更もアプリケーションから行えなかったため、届いた当日にすぐさま公式アプリから交換依頼をお願いしました。 だいたい2から3営業日を目処に発送されると記載されていましたが、手元に交換品が届いたのは連絡した日を入れて4営業日です。これはかなり早い対応なんだと思います。 交換品がとりあえず正常に動作することを確認し、動作不良の製品は返品することになっていましたので、梱包して同梱されていた着払いの宅配便伝票を貼って送ることにします。 感謝の意を込めて、いただいたメッセージカードの裏にお礼を書いて入れました。 左が交換で届いた製品 写真左が交換のために届いた製品、右が不具合を抱えていた製品です。 そういえばユーザー登録をしていなかったので、後で行っておきましょう。 で、今回手元に届いた製品は無事にファームウェアアップデートができました。 その時間はLinkBudsとは比べ物にならないくらい早く、10分もかからなかったのでは... まぁ、ユーザー数も違うんでしょうけど、搭載している機能も違いますので、この辺は今後どうなっていくのか見守っていくことに... 動作不良を抱えていた製品では、アプリケーションでまともに設定変更もできない状態でしたので、早速イコライザーで設定を変えたり、音漏れ抑制機能などを試してみました。 最初に届いた不具合を抱えた製品とは音質も明らかに違うようです。 音が聞こえやすい製品なのは元々感じてはいたのですが、音質は普通の部類に入るのではないかと思います。LinkBudsと比べると明らかに落ちますが、結構聞きやすい音質です。 ◆ イコライザー機能 あらかじめ決められたイコライザーの設定変更は行えませんが、カスタマイズできるボタンが2つあり、ここで好きな設定に変更して登録することで、後で呼び出すことが可能になっています。 このあたりはLinkBudsも同じような感じですので、他の製品もそうなのかも知れません。他にアプリケーション経由で設定変更が可能な製品を持っていないので、多分そうなんだろうとしか... ◆ 音漏れ抑制機能 次に、音漏れ抑制機能を試してみます。 アプリケーションのメイン画面に音漏れ抑制機能のボタンがあるのです...

AVIOT Openpiece M (TE-M1)を購入

 これまで ambie (AM-TW01) と LinkBuds(WF-L900) の他、いろんなオープンイヤーヘッドセットを買って使ってきましたが、 ambie(AM-TW01) は私の耳の形に合わないのか、装着しずらいうえにマスクの装・脱着の際に引っかかるため面倒くさくなり、仕方なく手放し(売り飛ばし)ました。決して嫌いになった訳ではないのですが...出番がないので仕方なく。 AVIOT Openpiece M (TE-M1) 実はその他にも手放したモノがあり、それらの売却益をあわせて以前から少し気になっていたヘッドセットを2製品購入しました。 今回はそのうちのひとつ、 AVIOT Openpiece M(TE-M1) を数日使用してみた感想を... ケースに本体を収納 パッケージ(箱など)はambieやSONYなどの先行しているメーカー方が簡素化しているのにしっかりとデザインが行き届いているような気がします。このあたり AVIOT さんもそのうち追随してくださると良いですよね。期待しています。 手持ちの LinkBuds(WF-L900) と並べてみました。横幅はほぼ同じですが、奥行きは本体の全長が関係していることからか AVIOT Openpiece M(TE-M1) の方が大きいことがわかります。実はこの部分が装着した際に大きく関係してくるのは後から気が付くのですが... AVIOT Openpiece M (TE-M1) と LinkBuds(WF-L900) の本体を両方取り出してみたところです。 これまで黒っぽい製品を使うことが多かったのですが、暗い道で落とした時のことを考えて、今回は白っぽい製品を購入しました。 そもそもことの発端は、COVID-19の影響で緊急事態宣言が発令され、在宅ワークを余儀なくされた後に運動不足になったことからメチャメチャ体力が落ち、仕方なく近所を散歩を始めたところにあります。 その散歩も最初の頃は渋々と言った感じで短距離だったのですが、昨年末頃から歩く距離をのばしたところ、みるみるうちに体重が落ちてポッこり出ていたお腹も引っ込み出し、コースも色々試しながら歩いていたら体力も戻りだして歩くという行為も少し楽しくなってきたのです。 ただ歩くだけなのは性に合わないため、基本的に歩いている時にはヘッドフォンを通じてPodc...

宇江佐真理 著 うめ婆行状記

  奇をてらうことなく、地に足をつけて、ありふれた日常の中から人情の機微を掬い取るようにして小説を紡いでいたと評される宇江佐真理センセの未完の作品です。 町奉行所の役人だった夫がポックリと逝き、それまでひとり思い描いていたひとり暮らしをはじめたのは良いものの、穏やかな日を送る暇もなく日々何かの騒動に巻き込まれて追い続ける主人公「うめ婆」を書き綴ったものです。 残念ながら、完結に限りなく近いところで途切れてしまっている。 闘病生活の中、連載途中であったものの書き続けることができなくなったのだろう。 いろんな作家の方の書籍を読んでいると、執筆途中でお亡くなりになられた方の作品に出逢う事がある。 好きになって読み続けていた方の作品が未完のままで出版されるのは、一行でも良いから読みたい読者としては非常に喜ばしい部分もある。 しかし終わりまで読み終えないうちに途切れてしまった最後の一文字を見た瞬間、悲しみや悔しさが覆い被さってくる。 その方の新作を永遠に読めないと言う事だけでなく、最後まで書ききれなかった作者の想い、いや私自身最後まで永遠に結末を読むことのできないということに悶々とするのだと思う。

宇江佐真理 著 桜花(さくら)を見た

  北海道出身・在住だった宇江佐真理先生の作品です。 すでにお亡くなりになられていますが、残された作品はどれも面白いだけでなく、どこかに故郷である北海道を散りばめて慈愛に満ち溢れる作品ばかりです。 この作品は短編集ではありますが、どれも面白いものばかりで、その多くは当時の文化や故郷の歴史を紡いだものですが、史実をベースにしているにしてもその創作力は凄いの一言に尽きます。 葛飾北斎の娘、お栄を題材にした「酔いもせず」は他にも幾人かこの方を中心に書いた作品がありますが、その心情が生々しく描かれており創作とはいうものの、惹き込まれます。 松前藩の歴史を紡いだものもあり、その中に蠣崎将監広年の視点を中心に記された物語があります。この頃の松前藩を題材にした作品は、数多くの小説家により取り上げられており、それぞれの作家による視点で記されています。私の知る非常に狭い範囲ではありますが、蠣崎将監広年という人物像に関しては皆さん松前への帰藩に関し自身の描いた絵を通じて尽力された方という点、それで尚且つ好人物であるという点が共通しているようです。 その他、この短編集の冒頭につは遠山の金さんが放蕩していた際にできた息子を描いた作品があります。 いやどれもみな人の心にある慈愛や希望、そして葛藤が巧みに表現されており、短編とは思えない重さが感じられます。 巻末は、蠣崎将監広年が生きた同じ頃の松前を別の人物の視点から記した作品、シクシビリカ。 これは同じ時代を生きた冒険家である最上徳内の目を通した物語です。描かれる人の視点によって、さまざまな角度からだけでなくその時代の事情や愛憎、希望などを描く宇江佐真理先生はやはり凄い方です。 もっと長く生きて素敵な作品を世に送り出していただきたかったですねぇ。

内田康夫財団事務局 著 須美ちゃんは名探偵!?

 故 内田康夫センセの関連作品はもう出版されないとばかりと思っていましたが、財団の手によってこの世に押し出された本があったとは… この作品は昨年出版されたものですが、今年(2022年)にもう一冊出ているのも驚きです 私はファンクラブに入ったりする、いわゆる「群れる」事が好きではないため、この作品がどこまで故人に関わりがある作品かは分かりませんが、迷わず買ってしまいました 若い頃にこの方の作品に出会い、出張のお供に買っては読んでいた頃を思い出します 小説自体はジャンルを問わず子供の頃から比較的よく読むのが好きな方でしたが、横溝正史先生以外のさまざまなミステリー作品にハマったきっかけは、この方の作品だったと強く記憶しています どれも語り口が面白いうえ、空想世界と現実世界をうまく融合し心の中を映し出すストーリー展開は、頭の中の空想世界を駆け巡り楽しかったですねぇ 最近チョっと小説も映像も楽しく触れられなくなっていたココロに、あらたな楽しみが増えたようです

浅見和史 著 奈落の偶像 警視庁殺人分析班

 浅見和史、推しの現代推理作家の一人です。 2006年「ヴェサリウスの柩」で第16回鮎川哲也賞を受賞しデビューされた後、ドラマ化され人気を博したのが本シリーズだとのことだが、ドラマは観たことがない。 申し訳ないが、原作が面白いと映像作品は落胆することが多いばかりか憎悪さえ抱くレベルの駄作に出会うことがあるのでよほど何かのきっかけでもないと観ることはないです。 同じく推しの今野敏センセ原作も数多くドラマ化されていますが、配役が皆同じであるばかりか、どれも同じような演技のため観る気が失せます。 いや俳優さんに悪意はありません。どちらかというと好きな方の部類なのですが、こればかりは... 他にも大物俳優と言われる方であっても、どの作品に出ていてもその方にしか見えないというかどれも同じやんって方も... 役になり切るのではなく、役を自分の合わせるのは嫌いなタチなので。 このシリーズは、初めて手に取って読み始めた頃からどれも、ずっと気の抜けない作品ばかりです。 この作品も最後まで気を張ったまま一気に読み進めてしまいました。 だからと言ってヒトには勧めることはないでしょうね。 モノやコトの好みはヒトそれぞれですから。

Raspberry Piでスクリーンショットを撮る

 そういえば、いつもBlogに添付するRaspberry Pi関係の画像は、VNC越しにスクショを撮ったりしてmacで加工していましたが、よく考えたらすべてをRaspberry Piで完結してしまえばもっとRaspberry Piに馴染めるようになるのではと意味不明な納得をしてしまい、ちょっと調べたらqiitaにアップしてくださっている方がいらっしゃいました。 Scrotのインストール方法 ということでここで終わりかと思いましたが、一応手順を残しておこうと... Raspberry Pi画面上部にあるコマンドアイコンのような「LXTerminal」を起動します。 画面中に sudo apt-get install scrot コマンドを入力するとScrotがインストールされます。 Scrotでスクリーンショットを撮る 前述のLXTerminalを起動し、画面内で scrot と入力する。 Raspberry Piのストレージ直下 /home/pi の真下ですね、ここにスクショ画像がpng形式で保存されます。 あとはこの画像を加工するワケですが、どうせBlogにアップするのでGoogle Photoにある便利な機能を使います。 これもちょっと調べたら、まんま同じことを解説されている方がいらっしゃいましたので、参考にさせていただきました。 こちらにつきましては、サイトのリンクを踏んでそのまま参考にしていただいた方がわかりやすいのではないかと思います。 Raspberry Piの画像編集は、Googleフォトで十分かも まぁ、もう少し色々加工したいと思った場合は、もうちょい突っ込んで調べたり別の方法を用いることになるかもしれませんが、単にトリミング程度で済むような加工であれば十分かと... ちなみに qiita もそうですが、 FabShop さんのサイトもとてもわかり易く記載されているし、特に FabShop さんはRaspberry Pi関係の情報が丁寧かつ数多く掲載されているので、非常に助かっています。

Raspberry Piのキーボード割付け

  在宅勤務なのに一切インフラ代の手当がつかないのと電気料金の高騰を理由に(単なる言い訳)、Raspberry Piを起動する頻度がダダ下がりな日々を送っていますが、時々気になって起動してはアップデートだけ実施していました。 老化現象とは関係なく、その都度色々忘れているため調べながらやるのも面白いのですが、一向に便利に使い切れてていないことに気が付き、まずはキーボード周りだけでも改善しようかと...(遅ぇよ) そもそもデフォルトのままではキーボードの半角英数字と日本語入力の切り替えさえもキーボードだけではまともに行えないので、まずはこれを割り振ってしまおうと思い立ちました。 Raspberry Piの画面右上に表示されているキーボードアイコンを右クリックし、表示されたメニューの中から「設定」を選択します。 入力メソッドの設定ウィンドウが表示されるので、画面上部にある「全体の設定」タブを選択します。 この画面で表示される最上段にある「入力メソッドのオンオフ」をマウスでクリックし、「設定したいキーの組み合わせを押してください」が小さく表示されたら、半角英数字や日本語入力に割り当てたいキーを押下するだけです。 私の場合、左側のボタンに「無変換」キーを割り当て、右側のボタンには「変換」キーを割り当てました。がしかしどちらかに割り当てられるのではなくどちらでも切り替えられるようになったので少し面倒に(笑)macだとこの辺がデフォルトなのでWindows OSでも同じように割り当てています。 まぁ、とりあえずマウスで切り替える必要がなくなったのでヨシとしましょう。

稲葉稔 著 圓朝謎語り

 TVドラマの脚本などを手がけられていた、熊本出身の稲葉稔先生の力作です。 「これどっかで読んだことあったかなぁ」と思いながら買ったことすら忘れていて、読みはじめも「やっぱどっかで読んだことありそうだけど全く思い出せん」とモヤモヤしながら読み進めていました。 中盤を過ぎる頃から「一気に惹き込まれます」。物語の面白さや物語を創り上げていくのはこんなことも必要なのか、いや苦労するなぁ、そう思いつつもどんどん作品の世界に堕ちていきます。 この物語の中では、圓朝師匠が「牡丹灯籠」を創りあげていく過程が物語の「核」になっていますが、実際に起きたことや伝えられていることが織り込まれているとのことで、「なるほどなぁ」と...。 で最終的に今まで自分が記憶している「牡丹灯籠」は半分程度の内容しかないのかと知らされ、どこかでちゃんとこの「牡丹灯籠」を読んだり観たりしてみたいと思った次第です。 いやぁ、巻末の解説にも書かれていましたが、これは力作ですねぇ。

浅田次郎 著 一路(上/下)

  TVドラマ化されたり、主人公らが歩いた道のりを辿る特番まで放映された作品です。 といっても、当時この番組を観た記憶はありませんので、機会があれば映像作品も観たいと思わせるくらい、原作は面白い作品でした。 主人公の一路は江戸育ちで、家業について何も教えてもらう間も無く親が亡くなり、いきなりその勤めにつき奮闘する...とまぁ、非常に簡単にすると面白くも何もないように思えますが、読んでみるとこれがなかなか(笑)。 たまたま古書店でみかけて、たまたま手に取ってみたら面白そうな気がしたので購入したのですが、長いこと自炊した積読フォルダの中に埋もれて忘れていました。 江戸末期の史実を織り交ぜながら、虚構の世界を作り上げられた作品というものは、作者が考えた頭の中の世界に引き込まれることになるため、面白い作品に当たると幸せな気分になれる気がしています。 機会があれば、この方の他の作品も読んでみたいと思わせるってすごいですよねぇ。

QUADERNO A5 (Gen. 2)

  COVID-19により自宅が主な勤務場所になってから丸2年が過ぎ、巷ではそろそろオフィスに戻りたい族が街に大手を振って這い出てき始めました。 いや、別にオフィスに出る事を悪く言うつもりはありませんし、ウチの職場もさまざまな経済活動も、外に出て行ったり各拠点で勤務している人達が頑張ってくれているからこそ成り立っているのですから、外に出ることが悪いことではないのは確かですが、特にオフィスに行ってまですることではない事を出て行く方がウヨウヨし始めたのは「何だかなぁ」感がですね。 そんな在宅メインの勤務を始めてから、一つ大きく変わったことがあります。 それはノートやメモを紙に書かなくなった事です。 いやこれまでもPCや電話を使って仕事をすることがメインだったため、あまり紙を利用することはなく、メモというよりも大きめの付箋に書く程度で、ノートは思考を整理する際にしか使うことはありませんでした。 しかし、そろそろオフィスに出ていくことも増え始め、今後オフィスの縮小を行う予定だということも分かり、オフィスに置いていた自分の荷物や紙媒体の物を整理する必要が出てきたのです。 これによりこれまで以上にオフィスにモノを置くスペースが少なくなり、これまで通り?在宅メインの勤務が進んでいくことが分かってきました。 そうなると通勤する際の持ち物を考え直す必要が出てきます。 以前一度、私の職場はフリーデスクと呼ばれる環境ではあったのですが、私が異動してきた部署は仕事柄固定席になっていました。その後オフィスが移転した後全ての席が固定席となり今に至る訳ですが、今後オフィスの縮小と同時にフリーデスク、可能であればいわゆるABW(Activity Based Working)を目指すようですので(私もそこに加担するのですが)、オッさんとしては率先して持ち物を減らす必要があります。 これまでオフィスに置きっ放しでも良かった物は「いつでも持ち歩ける」スタイルにしなければ仕事に支障が出ることもあると思われるため、これを機会にペン一本から見直すことにしました。 しかし実は東京に移動してくる前の拠点で私は、「ひとりフリーデスク」を実践していました。 社員の要望に応じて簡単なツールやシステムを作るような仕事をしている仕事柄、当時広い拠点の中で要望や要件を持ち込んでくる人たちの近くに居た方が、都合が良いこ...

稲葉稔 著 喜連川の風 江戸出府

  熊本出身、稲葉稔先生の作品です。 熊本出身だからなのか、肥後細川藩と宇土細川藩の騒動が主体に書かれたものなのかと思っていたら、栃木県の喜連川付近に実在した小藩が題材になっています。 しかし、実際に起こった騒動や実在の名君を織り交ぜ、趣向を凝らしたこの作品、留守居役の立場や考えが書かれているシーンがあるのですが、ここを読んでいた時に思い浮かんだのは、上田秀人先生の「百万石の留守居役」でした。 いや、それと同時に今のサラリーマンも同じで、素直に何か考え、作り、築き上げることが重要なのではなく、奸計をめぐらすような人間がのしあがるのは昔も今も変わりなく、だからこそこの国は良くならないのだな、そんなふうに感じてしまいました。 いや、この作品がどうこうというのではなく、世の中の良くないことって、昔も今も変わらないのだなと...

ドキドキキュンキュントゥンクは面白い

  Amazon Prime Videoで色んな映画やドラマを観ているのですが、以前は海外もの一択だったのですが、せっかくだから毛色の違う最近の国内ドラマも...そう思いたち、いくつか試しに観てみました。 独特の世界観があって面白い、その一言に尽きます。 酒場放浪記や孤独のグルメなどに触発されたのか、食と少女マンガの融合のような深夜ドラマがいくつかありましたが、これが面白い。 オっさんなので、基本的にどの作品も原作を読む機会はありません。(まぁ、そらそうだろ)。 このため、いきなり映像作品でその世界に突入するわけですが、俳優さんたちの演技が何気に現代(いま)風の表現とマッチして結構どハマりする作品もあったりしてます。 ドキドキキュンキュンの表現は世代的に分かるつもりですが、トゥンクという表現と用法がよくわからず、「えっ?えっ?」と思って観ているうちに、何となく受け入れて「トゥンク」してしまっている自分がいました。 仕事やプライベートでお付き合いのある方々の中にも「おねぇキャラ」の方々がいらっしゃいますので、そのあたりに嫌悪感を持つことはありませんし、その辺は好き好きではないかとも思っています。 学生時代に井手上漠(いでがみばく)ちゃんのような人に出会っていたら、かなりの確率で間違いを犯す自信はありますね(笑)。 そっち系に興味はないけれど、美という世界はジェンダーレスではないかと思っていますので、それは仕方ないと思っています。まぁ、同世代の方はそうでない方の方が多いとは思いますが。 色んなモノやコトを受け入れるから、それらが面白く感じられるのだと思っています。 偏っている方が楽に生きられるとは思いますけどねぇ。

佐伯泰英 著 独り立ち 吉原裏同心(37)

  シリーズ名が「吉原裏同心」から「 吉原裏同心抄」そして「新・ 吉原裏同心抄 」となり、再度「吉原裏同心」と戻ってきた珍しい経緯を辿るシリーズ作品です。 2014年には某国営放送の木曜劇場で12回シリーズとして放送されたそうですが、当時でもこの作品が12回で収まり切れるとは思いませんし、キャストを見てもとても面白い内容に改変できたとも思えませんので、打ち切りになったのではないかと推測されます。 私が初めて佐伯作品に出会ったのも、この吉原裏同心でした。 この作品を皮切りに、この方の作品を追い続けていますが、この方の作品は時代背景を活かしつつも創作が凄い、その一言に尽きます。 私が知る中では、この方の作風の対局にあるのが上田秀人先生ではないかと思っています。 上田先生も時代背景をしっかり掴んだ上で作品を練り上げて行かれていますが、そこに書かれているのは人の心の闇と妬みがベースになっていると感じています。 それに対し佐伯作品はこのシリーズだけでなく、全ての作品に通じて人の心の闇と共に、それを上回る清々しさが描かれていると思います。 そう言う意味で、上田作品も佐伯作品も田舎育ちの薄ボンヤリした育ちの私には非常に助けになります。これも対局的な意味で。 さて、それがどのように自信に働くのか知りたい方は、このお二人の先生方だけでなく、色んな方の作品に触れて自分の心にどう触れられてくるのか、叩きつけられるモノなのか、それとも優しく包んでくれるモノなのか体験してみるしかないと思います。 ただ、こう言った体験は小説に限ったことではなく、映像作品も同じではないかと思います。 無闇矢鱈に数多く触れていくのも一つの手ですが、自分の目で、頭で、カラダで感じて選んで養うしかないと思います。

映像も面白いものは観ますねぇ

 仕事で必要な書籍だけでなく、時間があれば小説も読みますが、ここ数年はAmazon prime Videoなどのように、DVDを借りに行かずとも、定額でおもし良い作品をたくさん観る事ができるので、便利な世の中であると共に、出歩かないという悪習慣も身についてしまっています。 まぁ、それはイイとして、世代的に欧米への憧れが強いからか、イギリスやアメリカ、それに最近は中国や韓国の映像作品にもハマっています。 映像作品を観る際、原作を知らずに観るケースの方が多いですね。 先に原作を読んで知っていると、どうしても原作に思い入れができてしまうタイプの人間なので、乾燥が批判がちになってしまいます。 このため、原作に近いストーリーであっても、自分の中で描いた架空のキャスティングと全く違うと、それだけで面白く無くなってしまう事があるので、最近は興味のある作品は、映像を先に観て、原作を後から読むようにしています。 制作される方にも、さまざまなオトナの事情があると思います。また、原作者とは違う脚本家の場合は、その方の意志もあると思います。(だったら原作を使うなと言いたくなるタイプです) とまぁ、本を読まない時は、映像作品もある程度自由に楽しめる時代になってしまい、ますますダメ人間になりそうです。

上田秀人 著 勘定侍 柳生真剣勝負(三)

 昨年(2021年)の2月に出版された逸品です。 いつも同じことを書くようですが、ちょっと言い方を変えると、この方の作品は、サラリーマン、特にホワイトカラーと呼ばれる方の心を、うまく成長させるための手引き書としても、非常に良い内容ではないかと思っています。 誤解を恐れすに書くと、手に何らかの職をつけ生きていくブルーカラー、自分で何かを生み出すわけではなく、他で生まれてきたモノやコトを動かすことによって、その利を得るホワイトカラー、昔の表現ではそう言った感じの方の職業を指すのではないかと思います。 私自身、ブルーカラーの出だと認識していますが、地方都市から東京に異動させられ、みなし管理職のような仕事に就いておりますので、水色みたいになっているんではないかと思います。 そんな中で、完全ホワイトカラーな方と、何らかの駆け引きを行わなければならない事態に陥った際、単純な思考能力しか持たない私はよく「カッチーん」とくるのですよねぇ。これは完全に相手の術中にハマっているわけです。 まぁ、あとでこう言ったモノを読みながら、いろいろ思い返しつつ、今後の自分の考えを改める良い機会になってはいるのですが、正直人のココロを読みながら駆け引きする仕事って胸糞悪いと思って生きてます。

風野真知雄 著 卜伝飄々

 言わずと知れた塚原卜伝を記した作品です。 何かしらの武道をかじった人でなくとも、卜伝という名前をご存知な方もいらっしゃると思いますが、私も興味はあっても風野真知雄作品ではなく、卜伝の単なる伝記ということであれば、手を取らなかったのではないかと思います。 どこまでが実際に言い伝えられていた内容なのかはわかりませんがこの方が書かれると、単なる面白い作品ではなく、その中に重みを感じさせない重みがあるというところが予想されるのです。 卜伝の言い伝えの中に、無手勝流というものがありますが、これは武道に限ったことではなく、普通に生きていく上でも役に立つ心構えを解いているのではないかと思います。 特に取引先や上司の「無知で無茶な圧」を感じながら生きているサラリーマンには... この作品を読む前から、その辺に気がついている方は見た目はサラリと生きながら、出世していくのでしょうねぇ。 でも、この作品を読むと、そうではなく飄々と自分の道を求めて生きていく姿が見え、そこに自分を重ねてみたくなります。まぁ、無理でしょうけどねぇ。 そんな逸品です。

司馬遼太郎 著 坂の上の雲(一)

 言わずと知れた司馬遼太郎先生の有名な作品ですが、実はこの年になって初めて読むのです。 この作品が記され始めてから半世紀以上経っていますし、2009年からテレビドラマにもなり話題にもなりましたが、これまで全く興味を持っていませんでした。しかも家族を連れて四国へ行った際、現地にある坂の上の雲ミュージアムに行ってたのです(笑)。子供達はなんとなく面白がっていましたが、当時の私には何の興味も感慨もなく、「ふぅ〜ん」的なイメージしかありません。 司馬遼太郎先生のファンから怒られそうですが、もともと司馬遼太郎先生の作品は数えるほどにしか読んでいません。それは今まで読んだ作品からして、「私には合わない」と思ったからなのです。 どんな作品でもそうですが、好き好きは人によって違います。これまで読んだことがないからと言って、怒られる筋合いはないと思いますし、逆に私が好きな作家先生の作品を他の人が読んでいなくとも特に何も思わないと思います。 この世には本を読まない、読めない方が大勢いらっしゃいます。そもそも字を読もうとしないのは若い方だけでなく、オッさんにも多い。 老眼だから字が見えないなどと言い訳をする方もいらっしゃいますが、要は読むだけの体力がないだけなんだと思います。 運動だけでなく、本を読むのにも体力は必要です。これは読む方にはわかるのですが、読まない方には理解できないらしく、ジッとしているのに体力がいるとは...???のようです。 同じく読むには理解力も必要ですので、本を読まないから頭が悪いのかというとそうではなく、字や文章という情報を目にしてそこから情景を思い浮かべることができるかできないかという問題です。 現代は映像で物事が表現しやすい環境だったり、生み出しやすい環境になっていますし、一般人でも撮影や現像だけでなく、編集もできるようになって久しくありません。 しかしそれらを生み出すために必要な情報の多くも映像だけでは伝えることが難しいので、当然のことながら字(ドキュメント)を読む必要があります。これができない方が多いのには困ったものです。 話がだいぶそれましたが、坂の上の雲(一)は淡々とした内容ですが、間違いなく面白いうと思います。思いますというのは何故か、まだ一巻しか読んでいませんので、一巻は面白いと感じたのですが、これが最後まで自分に合うのかは分からないのです...

風野真智雄 著 同心 亀無剣之介 恨み猫

私は観たことはないのですが、テレビドラマにもなり有名な「妻はくノ一」や、耳袋シリーズで有名な著者。 この方が書く時代小説は、時代小説は初めてと言う方でも非常に入り込みやすいと思います。 だからと言って内容が軽い作品ばかりではなく捻りもありますし、中には人の心の深さや重さも感じられる作品も数多く手掛けられているのは凄い方だなぁ、と私は思っています。 言葉は時代と共に変化するものであると私は思っています。 このため、現代に生きる人が日々触れているものとは違う言葉遣い、昔々に綴られた書籍などは、時折読む行為(心)が折れそうになるくらい読みづらかったりするのですが、この方が綴ると「チョっと乱暴」ではあるけれども、言葉や考え方が現代風に置き換えて描かれているので、非常に分かりやすく共感し易い。 そう言った目で見ると、実は池波正太郎先生の作品も比較的平易な言葉で記されているため、非常に読み易い作品に仕上がっているのですが、風野先生の作品はまたチョっと違う。 非常に軽く見えるし軽く読める。 本格的な時代小説ではないと言うような意味合いではなく、多分書かれているジャンルが「まったく違う」のでしょうねぇ。 しかしこの先また時代が進むにつれ、言葉が持つ意味が変わっていくと、現代の言葉が読みづらいと思うような時がくるのでしょうか...。 あぁ、いつもながらの駄文だなぁ。

上田秀人 著 乱麻 百万石の留守居役 16

 この方の作品はどれも面白い、しかし怖い、それは以前にも感じ記しましたが、上を目指す人々は、やはりこんなふうに狡賢いのかと思うと、時々人間をやめたくなってしまうことも... しかしまぁ...漫然と生きているよりも、何か目的を持つということは大切だと思いますし、それらを達成しようとすると多少の狡賢さは必要になったりもしますので、読んでいく中で色々得られることもあったりします。 現代においても、某国が国の覇権を広めるために何かしら軍隊を動かし、周囲を威嚇している状況を見ると、色々考えさせられてしまいます。 太平の世の中と思っているのは私のような愚かな平民ばかり、上を、他を求めようとする輩はいまだに戦乱の世を生きているのでしょうねぇ。 ナンだか嫌だなぁ。 さて、このシリーズも次が最後なのですが、すっかり買うのを忘れていて昨日ようやく書店で買い求めました。 心して読まねば。